2011年、カナダのケベックで行われたグランプリファイナル。現地入り後、最愛の母の容体が急変。浅田は大会を欠場し、緊急帰国したが、間に合わなかった。肝硬変により48歳の若さで早世。
1990年に母が肝臓癌で死去する事態に見舞われたが、その悲しみをバネに奮起することになった。
出典アジャ・コング – Wikipedia
スケート教室入会の直後に父親を亡くしている。トリノオリンピックシーズンのショートプログラムでは父親に捧げる「戦場のメリークリスマス」を選曲。愛用しているネックレスのリングは父親の結婚指輪で、心の支えにしている。
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元歌手(1980年代に活動)。1990年、タレントの薬丸裕英との結婚を機に芸能界を引退。
小学校4年生の時に父親が交通事故で急逝し、以後、母親の手で育てられる。
井上康生
柔道家、柔道指導者。タレントの東原亜希は妻。
2000年、シドニーオリンピックの男子100kg級で金メダル。前年にクモ膜下出血で急死した母の遺影を持って表彰台に立ち、大きな感動を呼んだ。
出典井上康生 – Wikipedia
女優。
母親を中学時代に病気で亡くしている。
瑛太
俳優。
父が自宅マンションで自殺。体調不安を抱え、店主を務めていた焼き肉店の経営状態を気にしていたという。
4歳の時、父親を薬害で亡くし、15歳の時、母親を癌で亡くす。
出典江原啓之 – Wikipedia
川嶋あい
シンガーソングライター。
実父が行方不明という状態で生まれたが、実母が出産後体調を崩し乳児院にて育つ。その後も実母の体調は回復せず、3歳の時に死別。その後養子として引き取られるまで児童養護施設にて育つ。
2007年2月に母親が急死。「天国にいるお母さんのために、頑張っている姿を見せたい。そうすることで、お母さんも笑ってくれるし、家族も元気になるに違いない」と思い、お笑いの世界へ進む。
後藤真希
タレント。モーニング娘。の元メンバー。
1996年、父を栃木・男体山で転落する事故で失った。2010年、母が自宅から転落し死亡した。
ミュージシャン、コブクロのメンバー。
18歳のときに母親を亡くしており、「遠くで・・」と「蕾」は、その母親の死をテーマにした曲である。
小籔千豊
小籔の母親は小籔が座長に就任する前に死去している。後輩芸人に「親は明日死ぬかもしれへん」と、小さなことでもいいから親孝行をするように勧めているという。
タレント、レーシングドライバー。ジャニーズ事務所所属。
1987年の『日本レコード大賞』受賞の際に、前年に事故死した母親の遺骨が墓から盗まれ、返してほしければ受賞を辞退するよう脅迫される事件が起きた。マスコミに発表したのは翌1988年の年初で、2015年現在遺骨は未だ近藤の元に返ってきていない。
斎藤司
お笑いタレント。トレンディエンジェルのボケ担当。
高校生の頃、母親を乳癌のため38歳で亡くしており、以後は父子家庭で育った。
笹野高史
淡路島の造り酒屋に四男として誕生するが、3歳の時に父を、11歳の時に母を相次ぎ亡くした。
沢尻エリカ
父親が競走馬を数十頭所有するなど幼少期は比較的裕福な家庭に育つも中学の時に父親を病気で亡くす。その後すぐに次兄を交通事故で亡くすという不幸に見舞われている。
篠原涼子
女優。歌手。夫は俳優の市村正親。
母親は篠原が2歳の頃に亡くなっている。以来、父親の男手ひとつで兄姉とともに育てられる。そんな環境で育ったこともあり、父親をとても尊敬している。父親は篠原の結婚式を見届けた数日後に亡くなった。
清水由貴子
タレント。欽ちゃんファミリーの1人。
1968年父が心臓肥大のため他界。生活が急変する中、家族を支え、学校では合奏団でマリンバを担当。当時の生活のエピソードとして、近くのお米屋によくお米を借りに行っていたという。
高島彩
フリーアナウンサー、元フジテレビアナウンサー。
父親は俳優の竜崎勝(本名:高島史旭)で、高島が5歳の時に死別した。
TAKURO
ミュージシャン、ロックバンド・GLAYのギタリスト。
3歳の頃に、交通事故で父親を亡くしている(自叙伝では「不可抗力ではなかったらしい」と自殺を示唆)。
田原俊彦
小学校入学後間もなく父が糖尿病で亡くなり、母の手ひとつで育てられた。
田村裕
お笑い芸人。お笑いコンビ「麒麟」のメンバー。
小学5年生の時に最愛の母を癌で亡くし、その後父も癌になって入院し会社をリストラされて全財産を失ってしまう。
長州小力
実家は主に小学校に学校給食用の野菜を卸していた八百屋で、裕福な生活をしていた。しかし父の死で借金が発覚、更にはO-157の影響で業績はガタ落ち。引き継いだ八百屋の経営を母と二人で頑張るも、結局倒産してしまう。
中井貴一
俳優・歌手。
父は俳優の佐田啓二。3歳の誕生日を目前にして、交通事故で父を亡くす。父の17回忌の法要の際にスカウトされる。
中川翔子
女性マルチタレント。
9歳のときに父・中川勝彦(ミュージシャン・俳優)が白血病により死去。
成宮寛貴
俳優。
母子家庭で育ち、中学生の時に母親が他界。成宮は高校には進学せず、引越しのアルバイトなどで自ら生計を立てて、弟には毎日弁当を作って学校へ持たせるなどして面倒を見た。「中卒の自分に何ができるか」と考え、芸能界入りする。
二岡智宏
元プロ野球選手(内野手)。巨人、日本ハムに所属。
高校2年生時、両親が交通事故に遭う。母親は無事だったが父親は5日後に他界。この経験からプロ入り後、親が交通事故に遭った小・中学生を試合に招待する活動を行うことになる。
一青窈
歌手。父が台湾人、母が日本人のハーフ。姉は舞台女優の一青妙。
小学生2年の時に父が癌で死去。以降、母の姓の一青を名乗る。高校生の時に母も癌で亡くす。
保阪尚輝
7歳の時に両親を自殺で亡くしている。
松田翔太
俳優。
1985年、俳優の松田優作と女優の松田美由紀の次男として生まれる。4歳の時に父・松田優作を癌で亡くす。
松田龍平
俳優。
1983年、松田優作と松田美由紀の長男として生まれる。両親は龍平が生まれてから結婚し、6歳で父・松田優作を亡くす。
美輪明宏
タレント。
2歳のときに母を亡くし、二度目の母(再婚)を終戦の年に亡くした。
森繁久彌
俳優、コメディアン。元NHKアナウンサー。
2歳の時に父が死去。久彌は小学校1年生の時に、母方の祖父で南海鉄道の鉄道技師であった森繁平三郎の家を継ぎ、森繁姓となる。
森進一
歌手。息子の一人は、ONE OK ROCKの TAKAである。
1972年、森の狂信的なファンの女性から婚約不履行、未成年者略取で告訴された。実際には女性の主張していた内容は全くの狂言だった。このことを苦にした母は翌1973年に自殺。山口地裁が森の全面勝訴を言い渡したのはその半年後だった。
柳原可奈子
お笑いタレント。
母親は、19歳の時に他界している。早くに母を亡くした事について、「お母さんとの思い出をずっと大事にしていたいのに、時間が経つにつれて思い出が忘れ去られていくのが辛い」と語ったこともある。
吉井和哉
ミュージシャン、THE YELLOW MONKEYのボーカリスト。
父は元・旅芸人。自身が5歳時に26歳で早逝しているものの、現在の風貌や嗜好などが父の影響を受けている旨公言している。
YOSHIKI
音楽家。X JAPANのドラマー/ピアニスト。
父を自殺により亡くした。34歳の若さであった。幼くして父を亡くした経験から、とりわけ遺児救済に関わる活動に積極的である。