43日も滞在していた!
1879年生まれ
相対性理論で知られるドイツ生まれの理論物理学者
アインシュタインは、この旅の目的について、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の著書で知った日本人や日本の生活を自分の目で見て研究すること、科学上の国際関係を改善することを挙げていた
フランス・マルセイユから神戸まで1ヶ月以上の船旅。途中船上で、ノーベル物理学賞受賞の知らせを受けたアインシュタインに益々日本人は熱狂
夫妻は以後43日間日本に滞在し、日本文化を堪能するとともに、各地で講演。日本にアインシュタイン・ブームがおきます
各地で行った講演はどこも満員で、アインシュタイン夫妻は大いに日本を満喫したらしい
今のハリウッドスター以上の人気だったとか…!
@HistoricalPics アインシュタインは大正時代に来日したが、物凄い人気だったようだ。相対性理論なんか誰も分からなかったけど、日本各地で大騒ぎになったらしい。
諸々満喫中w
食べ物は天ぷらと昆布がお気に入り
日本人の印象を「明るく屈託がない」「ユーモアの感覚に富んでいる」「優しい心」「微笑み・お辞儀・正座」などのことばで表現している
私は世界各地を旅行してきたが、いまだかつて、このような気持ちのよい国民に出会ったことがない。日本の自然や芸術は美しく、深い親しみを覚える
出典http://日本大好き外国人.com/archives/391
アルバート・アインシュタインは来日以来、日本を生涯気に入っていた。特に日光東照宮を「自然と文明の完全な調和」と言って激賞していた。
3回も来日していた!
1880年生まれ
三重苦を克服し、障害者の福祉向上に貢献した人物。他にも婦人の解放、死刑反対、平和と反戦を唱えていた
彼女は3度来日しています。1937年、1948年、1955年と短い期間に3度も来日
「奇跡の聖女」として、各地で熱狂的な歓迎を受け、人々を勇気づけました
4月から4ヶ月間,全国の主要都市を巡り,満州にも及ぶ大講演旅行を行いました.その目的は,日米親善と「一般社会に対して盲人教育ならびにその社会問題に対する啓蒙」を図ることでした
出典無題ドキュメント
初来日時は39都市を訪問、講演回数97回!
日本滞在中は日本酒をたしなみ、三味線の手ほどきを受け、混浴風呂にもチャレンジしたケラー女史
「忠犬ハチ公」のエピソードをアメリカで聞いていたケラーは、どうしても秋田犬を連れて帰りたい!と言いだした。そして秋田の警官から「カミカゼ」を贈られた
秋田犬を気に入り、アメリカへ連れて帰り、日本酒も大好きだった
1948年に2度目の来日を果たした時、嬉しそうにハチ公像を撫でるヘレンケラー。秋田犬が大好きでアメリカへ最初に秋田犬を持ち帰ったのもヘレンケラー。名前はカミカゼとケンザン。 pic.twitter.com/JMzWYHOi54
日本好きすぎでしょ!
1889年生まれ
数々の傑作コメディ映画を作り上げ、「喜劇王」の異名をもつ
チャールズは、ラフカディオ・ハーンの『怪談』によって日本に興味を持っていたが、熱心に働く高野に出会ったことで、ますます親日家となっていった
高野虎市はチャップリンの秘書を18年勤めた日本人
日本滞在中、チャップリンが行くところには必ず人だかりができました。ところが、好奇心旺盛なチャップリンは意のままに動き回りました
まさかの兜着用とか
紳士にはじけたりもしたw
来日の目的を「歌舞伎、鵜飼、相撲、文楽を見物するために、美しい日本を妻とこどもに見せたい、そして天ぷらを食べたい」と語ったそうです
日本人より日本好きそう…w
日本橋の「花長」では海老の天ぷらを36尾も平らげ、その後の来日でも好んでエビ天を食べたことから、「天ぷら男」のあだ名がついた
1932年、念願かなってチャップリンは、 ついに来日します。 特に歌舞伎に魅了され、 俳句、和歌、西陣織りなど、 日本独特の文化や芸術を愛しました。 食べ物では、「天ぷら男」と言われるほど 天ぷらが大好きになり、 帰国してからも 自ら天ぷらつゆを作って食べていたそうです。
【世界の面白歴史トリビア】チャップリンが来日した際、当時の首相犬養毅は、彼を首相官邸内での歓迎晩餐会に招待した。が、当日になってチャップリンが行きたくないとダダをこね、犬養は招待を断念した その日は奇しくも五・一五事件勃発の日である pic.twitter.com/I90nG7gcTR
ドタキャンして相撲行って命拾いした天ぷら男