「隗より始めよ」は出世のコツだった!

歴史

紀元前3世紀、燕は斉の湣王により滅亡寸前まで追い詰められた。内乱なども起こり燕は国政は大きく乱れた。そんなとき立ち上がったのが燕の昭王である。昭王は斉に復讐することを誓ったが、その頃、燕は復興が難しいほどに乱れていた。

復興するには国を引っ張る賢者が必要だった。しかし、当時は燕に自ら仕官する者などそうはいなかった。そこで昭王は学者の郭隗に相談した。

すると郭隗はいかにもユニークな進言をした。「まずは私を優遇してください。私のような愚人が採用されることを知れば、全国から優れた武人や政治家が集まってくるでしょう。」昭王は郭隗の意見を採用した。

すると郭隗の読みは当たり、趙から政治家の劇辛、斉から陰陽家の鄒衍、さらに魏から楽毅が集まってきた。そして燕は次第に国力を増していった。

彼の進言は今も「隗より始めよ」という故事成語として今も生き続けている。

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