自分で何とかしろ、良いか? 悪いか? 子供の教育方針

育児

子供の頃から「困った時は自分で何とかしろ」というのが当たり前であるのは、良い事でしょうか?良くない事でしょうか?

昔からその様な教育方針であった為か否かは判りませんが、成人した今でも、誰かに迷惑をかける事や相談に乗ったりしてもらおうとする事を避けようとします。

Twitterで愚痴を洩らすのも、TLに見えた際にフォロワーさんが不快に思うだろうと考えて、罪悪感の様な感覚がします。

育ってきた環境は、『~幼稚園:母の実家で生活』『小学校~:母の実家を離れ、家族で生活』父は仕事の関係上めったに会わない、かつ距離を置いている。母も働いている。姉は三歳上、私より優秀、優しくはない(首を絞められた事あり)

「ちょっと待って」は待ち時間が長く、かつ周囲の大人を頼れない。

校内テストに順位がついていた中学期は『10位以内でないと娯楽一切没収』というルールを、有無を言わせず実行されておりました。

※制定者は父(姉中三、私小六に他界)、私に実行と言ったのは姉。姉は父に懇願して撤廃してもらっていたらしい。

この環境が普通だと思っておりましたが、人を頼れないのはちょっと普通ではない?と最近薄々感じてきました。

いかがなものでしょうか?回答よろしくお願い致します。
補足

姉曰く「自分はそのルールに苦しめられた」そうで、妹の私が父の他界でルール無しはずるいとか何とかというのが理由だったみたいです。撤廃要請をしていた事実共々、中学卒業後に知りました。

知恵袋等で聞くのは躊躇しませんが、Twitterのフォロワーさんや友人は頼れないのです…。

たしかに「自分で何とかしろ」というのも大事です。

でもそれよりも大切なのは「人に頼ることをする」ことです。

人人人って不思議とならべるとくっついてみえるように、他社と共存して生きていく生き物です。

ひとりだといきていけない人間です。

そして言ってはいけないかもなんですが、あなたのお姉さまってずるがしこい人間ですね。。

父親の作ったルールを自分だけ抜けだそうとしたり、首をしめたり、ちょっと異常です。

普通ではないと思いますが、疑問に思ったらまず自分で考え作って人に尋ねたりそういうことも大事だと思います。

でもここで尋ねられていることも他者に頼ることができているので、そこまで深く悩むというよりも、たまには困った時ぐらい、たよってみることを少しずつ実践するのもいいかもです。

他の方も書いていますが、普通のことですよね。(==)

というよりも、他人に相談しようが何をしようが、問題を解決するのは

結局最終的には「自分」なのです。他人じゃありません。

そこのところを間違ってはいけません。自分が判断を下し、問題解決

するのであって、他人があなたの人生に関して問題を解決していくわけ

ではありません。

だから、お父さんの言ったことはまったく当然な話です。

ただ、あなたのお姉さんもあなた自身も自分に「甘い」ので

「依存したい」気持ちもあり、頼りたい(というより依存したい)

気持ちが生まれてくる。というのも、当然普通の感情でもあると思います。

そして、そういう人達がいろいろな点で失敗しているという現実

があるから、ご両親は「困った時は自分で何とかしろ」と

言ってくれていたのだと思います。

今の時代、離婚が多いのは、依存心の強い人達が他人の力で生活

しようとするからだと私は思っています。

自分が精神的にも経済的にも自立していれば、「もしも」の時に

自分を助けることができますが、それができていない人は緊急事態に

備えていないので、自分を窮地に追いやることになります。

結局、頼れるのは結婚してもしなくても、自分しか居ないのだと

私も思っています。(==)

特に性は、結婚したときになんの保障も無いのに、保障を得たと

思いがちです。(頭の悪い人達だなと思いますが。)違いますよね。

いつ相手が亡くなるかもしれないし。いつ働けなくなるかも分からないし。

いつ離婚するかもしれないわけですから。(==)実際は保障など

なんにもないんですよ。

そんなときにも、自分が経済的に自立していたり、自分で解決できる

ような人間でないと、この先生き残ることはできません。

お父さんは、早くになくなられたのですよね?

自分が助けられない分、自分で生き残れる子どもにしたかったのだと

思いますが・・・。

ちなみに、人に頼るということですが・・・。

例えば、他人も、人の「重たい」話を聞きたいわけではありません。

むしろ、聞きたくないですよね。(==)えっ・・・。頼りにしてって

言ったのに・・・。ということもあるかと思います。

人を頼るっていったいどんなことなのでしょう?

たとえば、親しい人に対して、その人に問題が無いのに「信頼できない」

のはちょっと問題があるかもしれません。その場合の「頼りにすることが

できない」というのと、依存(=は頼りにするとは言いませんが、多くの

人がその点の認識を間違っています。)しない。というのでは意味がまった

く違います。

私は、人を信頼することはできますが、依存はしません。

「頼りにする」ことの本当の意味をもう一度考えてみることをおすすめします。

私には「頼りにする」人達がいます。ただし、それは「心のよりどころ」

なだけであって、実際問題の解決は自分でやります。人に「依存」はしません。

ちなみに、お姉さんが「苦しめられた」と感じるのは当然かと

思います。なにせ、子どもは「自分に甘い」ですからね。

しかし、いつまでもそんな「考え無し」な「子どものまま」では、

大人になったときに「困る」のは自分です。人生は甘くないからです。

楽な方に流される人は、その分後で苦しむのです。

人生は常に修行なのです。

それは子ども時代に始まり、大人になっても死ぬまで終わることはありません。

私は子どものころからやはり厳しく育てられて、自分で自立できるように

自分でも努力しました。そのときは「なんでこんなに頑張らないと

いけないのだろう」と思いましたが、今になると、「本当に良い親で良かった」

とつくづく感じます。

特に、世の中の経済が大変な状態になった時にしみじみ感じました。

なぜなら、どんな経済状態でも自立できる人間に育ててもらったからです。

自分でも努力しましたが、両親が導いてくれなかったら、ここまで

来れなかったなーと思います。

とにかく、今は分からないかもしれません。

しかし、大人になり、ある一定の年齢になったら分かるかと思います。

私の家庭を基準にすると、ちょっと厳しいかなという印象はあります。

けれど、育つ家庭は人それぞれ。

他の家を見て自分の家庭よりも甘かった、厳しかったというのをあくまでも世間ではどうなっているのだろうか?と興味はありますが、それが「普通」かどうかは誰が決めることでもありません。

子供時代で育った家庭環境は大人時代の考え方に大きく影響します。

さて、頼れないことは悪いことかと言われれば悪いことではありません。

しかし、何かふとした不安があり相談したり、自分では抱えきれないような課題があったとしたら、それを誰かに手伝ってもらうために頼み事をするということは必要になってきます。

そうしないと、自分自身が沢山の出来事に振り回され、つぶれてしまいます。

自分ができる事は自分でやる

というのができるならできるに越したことはありませんが、

それをいいか悪いかで決めてしまうのは違うんじゃないかと思います。

頼らないことは悪いことではない。

頼ることも悪いことではない。

ただ限度ってものがありますが。

困っていれば手助け出来る範囲で助けてもらう事は必要です。

助けてもらったら、感謝の気持ちを忘れてはいけません。

誰にも助けてもらわないで人生を乗り切るのは正直無理な話です。

助けてもらったらありがとうというのを忘れなければ、自分自身でも誰かを助けようとする気持ちにもなれますし。

稚拙な回答で申し訳ありません。

色んな考え方があっていいと思いますよ。

「自分でできること、自分でしかできないことは、自分で何とかしろ」が妥当でしょうね。

できないことはできませんからね。

そこはほかに活路を探さなければなりません。

ですから

「ほかに活路を探す」も「自分で何とかする」の一部と考えるなら、「自分のことは自分で」は真義であると言えると思います。

どんなに人を頼ろうが、知恵を借りようが、最後に「やるかやらないか」は「自分次第」ですよ。

主さんはもう20過ぎていらっしゃるのですから。

「知恵を借りなければ突破できない」

と思う時に、解決方法を探せばいいと思います。

知恵袋もOK。

読書もOK。

貴方が頼りにできるような人が近くにいないんじゃないですか?

それならそれでもいいと思いますよ。

そういうタイプの人は貯しておきましょうね。

体が壊れた時にはおに頼らなければなりませんから。

育ってしまえばこっちの物。

過去の環境なんてどうだっていいことではないですか?

もとには戻せません。

これから先の時間のほうが長いのです。

私も頼られるのも頼るのも大嫌いです。

そういう生き方だって有りですよ。

普通か普通じゃないかなんて小さなことです。

貴方が心地の良い生き方を探してください。

それが一番幸せになれますよ。

あなたの家では ふつうでしょ

嫌なら家を出て 違う家庭を作ればいい

理想の家庭を作るのが アナタが生まれてきた仕事だよ

人に頼るから 不平や不満が出るんだよ

自分に起きた事は自分でしか解決しないし

他人に頼って うまく行かなかった時その人を責める為に 頼るのか

頼らなかったら波風は立たない

自分の尿意をひとに代わってもらえるか

自分のものは自分でだして 拭いて出るもんなんだよ

不満やストレスって自分の経験が産んだ消化不良なもの

うんこと同じだよ。それをひとに話して 人に押しつけて あんたは楽かも知れないが あいては他人の消化不良を手渡されて 頼りにしているなんて言われて喜ぶか?

そして姉弟は 他人以上に恐ろしい存在というのも覚えておこう

嫉妬や利害が激しいし 縁が切れないだけにうっとおしい

無視して生きる事

最終的に 学ぶ事を 親は今教えているんだよ

親だって他人だと言う事を

人間は一人で働いておを稼いで 一人で暮らしていくのが当たり前

動物はすべて一匹で生きているからね

そうでない暮らしをしたいのなら

犬のように尻尾を振って 餌を貰い鎖につながれて ご主人様の言う事を聞くしかないんだよ。

この方針で育ててきた娘 社会に出て はじめて感謝した と言ってた

多少の困難や人が嫌がる事でも出来るし 目上に対する挨拶や礼儀作法 仕事の仕方が 自然と身に付いているので どこに行っても大切にして貰っている

自分の子供にも 同じしつけをしている

家が厳しいと 他人の優しさや思いやり 人がしてくれた事に 感謝の気持ちが出て ありがとう って本気で言えるんだってね

個人的には、ごく当たり前のことだと思います。

私は社会に出てから周りを見て、いかに自分が親に甘えてきたのか身に染みて解りました。

引きこもりの妹は未だに当然のように親の脛をかじり、車やパソコンを買ってもらい、1日中お笑いのテレビを観て過ごしています。質問者さんはそんな中年になりたいですか?

社会で自立するために必要なら、子供を突き放すことも親の愛情の1つだと思います。

それに質問者さんは律儀に親の教えを守っているわけでもなく、こうして知恵袋で人に意見を求めている訳だし…。それくらいでちょうどいいのではないでしょうか。

 ⬇人気の記事!⬇

タイトルとURLをコピーしました