安倍政権、一人あたりGDP激落ちしていた？　IMF統計

なぜ安倍首相は｢韓国(かんこく)より低成長｣を認めないか

日本の経済はいいのか、悪いのか。精神科医の和田秀樹氏(わだひできし)は
「2018年の日本の経済成長率は、実質GDPベースで0.81％。193
カ国中171位できわめて悪い。経済がボロボロといわれる韓国(かんこく)で
も113位で2.67％だった。この経済低迷は、首相やその周囲が
『自分たちは絶対正しい』と思い込(こ)んでいるからだ」とい
う–。

■安倍首相は日本をアゲたのかサゲたのか

安倍晋三氏(あべしんぞうし)の首相在任期間が憲政史上最長となった。

スキャンダルめいた事象が次々(つぎつぎ)に明るみに出るものの首相の座
を維持(いじ)し続けるのだから、それだけ人気が高いということなの
だろう。安倍人気の原因はいくつも分析(ぶんせき)されている。

それまで政権がコロコロ変わり不安定だったが長期政権で安定
感があるだとか、外国に対して強い態度がきちんと取れるだと
か、戦後の押(お)しつけ憲法を変えようとする姿勢に好感を持てる
とか、私の周りでも安倍氏を評価する人はそう口をそろえる。

しかし、多くの国民には、そのような政治的な面より、景気を
上向かせたことに対する支持のほうが強いように思われる。

実際、学校を卒業してもなかなか就職できない時代は終わり、
空前に近い売り手市場になっており、失業率も下がっている。
株価も比較的高値(ひかくてきたかね)で安定している。当然、政府関係者や自民党
が「アベノミクスのおかげ」と自画自賛するわけだが、グロー
バルな視点で見てみるとにわかに雲行きが悪くなる。
■2018年の日本の経済成長率0.81％。経済ボロボロ韓国(かんこく)でも
2.67％

国連の統計では、日本の実質GDPの経済成長率は直近の2018年で
193カ国中171位の0.81％。経済がボロボロと言われている韓国(かんこく)
でも113位の2.67％なのだから低成長ぶりがわかる。

もちろんバブルがはじけて以来、日本の経済成長率の国際順位
はずっと130位から190位くらいに低迷していたので、安倍政権
が特別に悪いわけではない。しかしながら、安倍政権になって
から一番いい年でも141位（2.00％）なのだから、とてもじゃな
いが経済を立て直したとは言えるはずがない。

ドル建てで計算する一人当たりのGDPの順位はもっと悲惨(ひさん)
だ。IMFのランキングでは3万9304ドルで、調査国中26位で韓国(かんこく)
の3万3320ドル（28位）と肉薄(にくはく)されている。安倍内閣発足時の
2012年（12月まで民主党が政権を運営していた）には4万8633ド
ルで15位だったから、なんと9000ドル以上減っているのだ。

ヨーロッパも低成長だが、それをさらに下回るレベル。ドル建
てでマイナス成長の現状をもって、経済政策がうまくいってい
ると誰(だれ)が言えるだろうか。
■経済低迷の原因は首相らの「自分たちは絶対正しい」との思
い込(こ)み

優秀(ゆうしゅう)なブレーンがつき、最大限の金融政策(きんゆうせいさく)や財政政策を行いな
がら、こういうことが起こる背景には賢(かしこ)い人をバカにするメカ
ニズムが働いているのではないか。

そのメカニズムが認知心理学で「スキーマ」と呼ばれるもの
だ。心理学の事典などでは、「かなり複雑で一般的概念(いっぱんてきがいねん)につい
ての知識の枠組(わくぐ)み」と定義されている。

わかりにくいので例を挙げて説明しよう。

たとえばわれわれは足が6本ついている小さな生き物を見ると、
それを初めて見ても「昆虫(こんちゅう)だろう」と思う。これは昆虫(こんちゅう)につい
てのスキーマがあるからだ。人間は、これまでの学習や経験を
ベースに思考をスキップして、「○○は××である」と瞬時(しゅんじ)に
認知する。

セールスの経験を長く積んだ人の中に「あなたの話はよくわか
りました」という応じ方を最初にしてくる人は、「結局は買っ
てくれない」というスキーマを持つ人がいるように。
■認知心理学用語「スキーマ」のメリットとデメリット

学習であれ、経験であれ人間はスキーマを作ることで思考を
ショートカットして、勉強でも仕事でも処理能力が増してく
る。その一方、スキーマがあると、ほかの思考ができなくなっ
たり、ものごとを決めつけてしまったりという弊害(へいがい)もある。

実際、認知心理学者の研究では、いったんこのスキーマができ
てしまうと、それがその後の情報処理や思考に大きな影響(えいきょう)を与(よ)
えることがわかっている。一般原則(いっぱんげんそく)としては、そのスキーマが
正しいと信じるように働いてしまうのだ。

ロヨラ大学心理学科のユージン・ゼックミスタとジェームズ・
ジョンソンによると、スキーマを作った後の人間の情報処理は
以下のように変わる。たとえば、ある人が「血液型がA型の人は
まじめで几帳面(きちょうめん)」というスキーマを持ったとして説明してみよ
う。
■「やはりA型の人は几帳面(きちょうめん)だ」という思い込(こ)み

第一に、スキーマと一致(いっち)しない情報より、一致(いっち)する情報に注意
が払(はら)われるようになる。たとえば、血液型がA型で「時間に几帳(きちょう)
面である半面、整理整頓(せいりせいとん)はルーズな人」がいた時、時間に几帳(きちょう)
面な側面にばかりに着目し、整理整頓(せいりせいとん)のルーズさを無視してし
まう。その人と待ち合わせをしていて、時間通りに来ると「や
はりA型の人は几帳面(きちょうめん)だ」ということになってしまうのだ。

第二に、スキーマと一致(いっち)しない情報を受け入れにくくなる。そ
の人の机の上がごった返していても、「A型にしては例外」「一
時的なものだろう」「頭の中での整理はできていて何がどこに
あるのかは把握(はあく)しているはずだ」と自分のスキーマが間違(まちが)って
いる可能性を考えずに、その情報を否定する方向で考えてしま
う。

第三に、スキーマと一致(いっち)する情報のほうが一致(いっち)しない情報より
覚えやすくなる。その人についての記憶(きおく)としては、待ち合わせ
の時間通りに来たことは記憶(きおく)に残るのだが、机の上がごった返
しているのは忘れてしまいがちになる。

第四に、スキーマと一致(いっち)するように記憶(きおく)を歪(ゆが)ませることもあ
る。そのごった返していた机の上の書類の中で茶色い大きな手
帳のようなものを見たとすると、勝手にシステム手帳がおいて
あったと記憶(きおく)してしまうことがあるのだ。そうなってしまう
と、その記憶(きおく)は疑えなくなる。「今でもスマホに頼(たよ)らず、シス
テム手帳を使うのは、やはりA型だね」ということになってしま
うのだ。仮に、その人が「システム手帳なんか使ったことがな
い」と答えても、自分の見間違(みまちが)い、覚え間違(まちが)いとは考えずに、
「あのときに机の上に置いてあったじゃないの」と問い返すか
もしれない。
■「アベノミクスは正しかった」という思い込(こ)み

重ねていうが、スキーマを作るのは人間の情報処理能力を高め
るためにごく普通(ふつう)に生じる適応現象であり、スキーマそのもの
が悪いものではない。むしろ、人生経験や学習経験でいろいろ
なことに対してスキーマをきちんと作っておかないと、判断が
てきぱきとできない人間といった烙印(らくいん)(らくいん)を押(お)されるこ
ともあるだろう。

しかし、スキーマに縛(しば)られすぎると、ほかの考えが浮(う)かばない
だけでなく、情報を歪曲(わいきょく)したり、自分のスキーマに当てはまる
ような情報にしか目に入らなくなったり、都合の悪い情報を無
視するようになってしまうのが危険なのだ。

アベノミクスそのものは、財政政策にせよ、金融政策(きんゆうせいさく)にせよ、
理論上は妥当(だとう)なものだし、それを組み合わせるというのも妥当(だとう)
な考え方と言える。

ただ、「だから、すべての施策(しさく)が正しい」という方向でスキー
マが働いてしまうと、株価が上がったとか、失業率が下がった
という都合のいい情報にしか注意がいかなくなる。さらに、私
が冒頭(ぼうとう)で述べたように、都合の悪い情報を無視したり、否定し
たりする方向で思考が働いてしまう。実際、国民の中にもそう
した人が少なくないように感じられる。