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民間のソフトウェアメーカーの開発部署の部長をしている30代後半の知人の意見、結構納得させられる…

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民間のソフトウェアメーカーの開発部署の部長をしている30代後半の知人の意見、結構納得させられるところもあります。
仕事時の衣服ですが服装自由にしているようです。派手な恰好はよくないが、基本社員の自由でスーツ着てきてもよしジーパンでもよしにしたそうで。
俺がその方が働きやすいの?ってきいてみたら
「そりゃ働きやすい服装でいいだろ。アチーもん。スーツなんて顧客に出向くときしかきねーよ。それと発注先の企業にも私服で構いませんのでっ言って私服勤務の企業はそうしてもらってる。クールビズなんてどうせあちーだけなんだからTシャツ&ジーパンorコッパンでいいべ?向上や現場作業員は作業服で警官とかは制服で威厳を表すなら分かるよ。でも俺ら衣服が直接仕事に関係することねえし。まれにスーツの方が緊張感が保てるって言うけれどそれならそれでいいさ。少なくとも俺は暑苦しいから必要時意外きたくねえww」だそうです。確かにその方が働きやすいかも。

飲み会とかは知人自ら誘うことはないそうです。よくある球技大会とかの”会社の行事”もないそうです。
「飲み会やらねーと仕事に支障が出るってそれはおかしいんだってww俺のとこの会社営業だろうが飲みにいかねーし。仕事終わったらとっとと帰るでいいだろ。まあ飲みや行きたければそれでよしだな。俺は仕事終わったら家かえってモンハンやりてーし。行事?知るかよそんなもんww会社は仕事をするところなんだよ。プライベートは自由さ。」
それでも社員との連携はよくとれているようですし。

このご時世にも関わらず赤字転落はしたことはないそうです。といってもギリギリ黒字で転落するかもしれないから要注意かもと言ってました。
後で私が調べても業績はかなり上でした。その男自体年収も1000万円オーバーですし。閑散期は残業も週に1日ぐらいですかね?繁忙期はもちろん毎日残業はありますが終電間際になるのは納期の1日前だけのようです。休日も普通にとれるようですし。たまに月1日で土曜日のみ休日出勤があるようですが日曜や祝日に仕事があることは皆無だそうです。

やはりこの知人の様な男が社会に必要かもしれませんよね?

  1. 匿名 より:

    その知人の人、個人ではなく、知人の方の勤めているような会社が、社会には必要でしょう。
    ソフトウエアー会社は、一つの代表例ですが、農業生産→工業生産→情業生産と続く、生産様式の歴史的変化の中で、情業に属する企業は、これまでの農業生産や工業生産の社会とは相容れない特性を持っています。
    というより、現代の常識からは大きく外れなければ企業として成り立ちません。

    早い話、工業生産では、資本の力が企業の原動力で、生産場面では人材よりも機械の優秀性の方が重要です。
    一方、情業生産の場合は、資本はさほど必要ではなく、それよりも人材の力が、全ての面で決定的に重要なのです。
    必然、会社の運営形態は、社員の力をいかに効果的に発揮してもらうか、が最優先になりますから、従来型の管理手法や規則は変わらざるを得ません。

    その最も極端な例が勤務体制です。
    工業生産では、機械に合わせて仕事をする必要がありましたから、従業員は毎日機械の前に集合し、みんなが時間を合わせていっせいに仕事に取り組むことが適切でありました。
    つまり、工業生産では、出勤とタイムカードが管理の主役です。

    ところが、情業生産の場合は、自分の頭脳を使うだけですから、どこで仕事をしようが関係ありません。よっぽど必要な場合でもPCとNET環境があれば事足ります。
    場所だけではありません。
    朝昼晩、どの時間帯でも仕事は可能です。
    とりわけ重要な発想は、夜に生まれることが多い気がします(^∇^)b
    そうすると、通勤に要する時間は無駄以外の何物でもありません。
    会社としては、納品と打合の「期限」と「場所」さえ守って貰えば、それ以外は、場所も時間も本人に最適な環境で自由に仕事をして貰うのが最も効率的なのです。
    つまり、情業生産では、社員自身にコントロールさせることが管理の基本となります。
    よく、「日本は住宅環境が劣悪だから、在宅勤務は適さない」、などと言う「自称経営評論家」がいますが、彼らはコトの本質が分かっていないのです。
    在宅勤務が適さない以上に、通勤+会社(工場)勤務は適さないのです(o_ _)ノ彡☆

    また、情業生産では、仕事に投入した時間と労働成果は必ずしも比例しません。
    労働成果は、仕事にかけた時間よりも、当人の能力によって決まることの方が多いのです。
    極端な話、ぺえぺえプログラマは何時間働こうが成果はほとんどゼロです。
    一方、優秀なプログラマのノウハウは、一瞬の指示で、プログラムを完成させる力があります。
    プログラマよりもデザイナーとか作曲家で考えれば、そのことは良く納得できるでしょう。
    そういう世界では、素人は何時間かけても成果はゼロですし、同じプロでも、成果は圧倒的な差がありますよね。

    すなわち、工業生産的時間給労働は、実態を反映しませんから、必然的に成果給、成果分配に移行せざるを得ません。
    無能な人間にとっては厳しい環境ですが、能力のある人材にとっては当たり前の環境でしょう。
    そして、その能力(成果)たるものは、同じ業界、同じ職場に属する者にとっては一目瞭然ですから、変な僻みや役職によるゆがんだ評価などは生じようがありません。(仮に、ゆがんだ評価が与えられても、すぐ、全員に、その不当性は分かりますから、管理職にとどまることは出来ません)
    ですから、工業生産の会社における、「慰労」、「なだめ」的な人材管理や会社行事は必要なくなるのです。
    服装などが、取るに足らない問題であることは、すでにお分かり頂けたでしょう。

    無能な政治家や工業生産のトップやマスコミは、まだ、この様な歴史的意義に気づいていません。
    相変わらず、「モノヅクリ」一辺倒の思考に凝り固まっています。
    というより、時代の動きに逆行しています。
    大多数の大衆も、「グローバルなんたら」に乗せられて、結局、「お金」、「お金」、「お金」・・・の思考枠に囚われたままです。
    格差社会とは言われながらも、真の格差社会はまだ生まれていません。

    しかし、ここ十数年の、世界で最も稼いだ人物が、どういう業界にあり、その会社がどういうものを生産してきたかを知れば、われわれの思考も少しは変わるのではないでしょうか<(_ _)>



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