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エリザベス一世の波乱の人生

歴史

歴史ものが好きなので、色々まとめようと思います。紀伝体だと楽しいですよね。

■ヴァージンクイーンエリザベス

1533年9月7日(ユリウス暦)生まれ

出典若き日のエリザベス一世

父親はイングランド王ヘンリー八世。母親はヘンリー八世二番目の妃アン・ブーリン
弟はエドワード六世、姉はメアリ一世。

別名「ヴァージンクイーン」「グロリアーナ」

生涯独身だったので、ヴァージンクイーン。グロリアーナは栄光あるもの、という意味。
他に、グッドクイーンベス(良き女王ベス)

アメリカ「ヴァージニア州」の名前の由来

エリザベス一世に許可を受けたイギリス人が最初に入植したのが、
今のヴァージニア州ジェームス・タウン

■波乱の人生

2歳半で母親が処刑される

出典母親のアン・ブーリン

母親の罪状は、反逆、姦通、近親相姦及び魔術。

母親が処刑されたため、庶子扱いになる

庶子とは、父親にのみ認知されている子供のことで、
正式な姻戚関係ではないとされる。つまり、非嫡出子。王位継承権はあった。

弟のエドワード六世に王位継承権を取り消される

出典幼少のエドワード六世

エドワード六世が王位継承したのが9歳。
元々王の周囲にいた権臣の策謀により、一時王位継承権が無くなる

異母姉のメアリが女王となり、幽閉される

出典メアリ一世

メアリのカトリック化構想の中、
エリザベスはプロテスタントとして1年間幽閉される。

結婚はしなかったが、噂になった男はいる。

出典ロバート・ダドリー

幼馴染にロバートダドリー。ダドリーは既婚者だったが、
噂のさなか、妻が階段から転落死。事故と認定されたもののスキャンダルの的となった。
最終的にはダドリーは他の女性と結婚、二人が結ばれることは無かった。

結婚を外交カードとして使っていた

女王になってからは、結婚そのものを外交カードとして使っていた。
結婚=国が手に入る。敵対する国同士、エリザベスの動向を伺っていた。



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