「紅の豚」をもっと楽しく見るための裏話

ジブリ

ジブリ作品、紅の豚のトリビア・豆知識を集めてみました。これを知っていればもっと紅の豚を楽しめるハズ!

■1992年夏公開のアニメーション映画

「紅の豚」は1992年7月18日に公開された長篇アニメーション映画です。徳間書店・日本航空・日本テレビ放送網・スタジオジブリ提携作品。配給は東宝。上映時間は93分。キャッチコピーは「カッコイイとは、こういうことさ。」(糸井重里氏)。

■世界大恐慌時のイタリアを舞台にした作品

世界大恐慌時のイタリア・アドリア海を舞台に、飛行艇を乗り回す海賊ならぬ空賊(空中海賊)と、それを相手に賞稼ぎで生きるブタの飛行艇乗りの物語。第一次世界大戦後の動乱の時代に生き、夢を追い求める男達の生き様を描く。

■「大人向け」の作品を作ったことに宮崎駿が悩む

自らの趣味を反映し、同時にそれまでの「子供向け」から同年代に向けた作品となっている。一貫してアニメを児童のために作ることを自らに課してきた宮崎にとっては、製作後も是非を悩み続ける作品となった。

■最初は日本航空の機内上映の企画

映画「紅の豚」は模型雑誌、月刊「モデルグラフィックス」に宮崎駿氏が連載していた「雑想ノート」の中の一編で、同誌の1990年3~5月号に掲載された「飛行艇時代」を原作に日本航空の機内上映を中心に30~40分程度の小作を1991年8月完成予定で企画が進められました。

■構想が膨らみ短編から劇場用長編へ

この企画は当初、前作「おもいでぽろぽろ」で神経質な作業を強いられてきたスタッフ達への「リハビリテーション」と位置付け「気軽に」に短編として製作しようと考えられており、内容も豚と飛行艇が飛び回るだけの理屈抜きで明るく楽しい「趣味の映画」になるはずでした。しかし構想はどんどんと膨らみ、当初の機内上映中心という方針は劇場用作品として興行展開することに転換され、結果上映時間93分のロードショー公開作品「紅の豚」となりました。

■最初は中年男性がターゲットだった

前述のとおり企画段階では上映場所は日本航空の機内。なので観客は乗客であり、主なターゲットは国際便に搭乗しているビジネスマンでした。制作側内部の事情としてはスタッフ達への「リハビリテーション」の意味を持ってスタートした「紅の豚」でしたが、同時に疲れきった中年ビジネスマン達の酸欠で一段と鈍くなった頭でも楽しめる作品、すなわち中年男性達を引き付ける内容が作品としての当初の目的でした。

■「なんだろう」が解説

映画冒頭で、宮崎駿が手掛けた、日本テレビのマスコットキャラクター「なんだろう」が画面に登場し、日本語とイタリア語、韓国語、英語、中国語(簡体字)、スペイン語、アラビア語、ロシア語、フランス語、ドイツ語の10か国語の字幕で背景を解説する。

■予告映像に宮崎駿激怒

本編制作中にプロデューサー鈴木敏夫の製作した宣伝用予告映像は、過激な空戦シーンを中心につないだ戦争映画さながらのものだった。まるで本編と方向性の異なるイメージで作られたそれに対し、宮崎は猛烈に怒ったという。

■「ポルコ・ロッソ」とは

イタリア語で「ポルコ・ロッソ」とは、表題どおり「紅い豚」の意味合いを持っている。

■ポルコの年齢

1892年 – 1893年生まれの36歳。

■ポルコが豚になった理由は?

オフィシャルな発言がないため、ネット上でもさまざまな推測がされています。
有力な説としては「イタリア空軍に所属していたポルコは、第一次世界大戦を経験して軍隊社会に苦悩し、自らに豚になる魔法をかけて軍隊を去った」とのことです。
他にもさまざまな説があります。

■ジーナの賭けの結果は?

実は映画の中で答えが出ていました。
ラストのほう・・・ホテル・アドリアーノ。昼に来客用の桟橋ではなく、裏の庭側に小さく赤い飛行艇が止まっているのが見えるのです。
一瞬です。
そしてその後、
誰もいない庭のカット。

■ポルコは人間に戻れたのか

「紅の豚」のクライマックス、もしくは物語以降にポルコが人間に戻ったかどうかというのは見ている側にとって議論の的となっていますが、宮崎駿氏はポルコが人間に戻る事に関しては否定的です。

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