中高年のオジサンがダジャレ好きなのはなぜ?

ダジャレ

あなたのまわりに一日中ダジャレばかり言ってるオヤジはいませんか?彼らの事を少しでも理解できればと思い、ダジャレとオヤジの脳みそに関する知識をまとめました。

やっぱり面白くないですね。

駄洒落(だじゃれ)は同じあるいは非常に似通った音を持つ言葉をかけて遊ぶ一種の言葉遊び。

ダジャレは同音異義語と違い、100%同じ発音ではダメ。似た発音で、しかも異なる品詞であることが求められる。

意外と奥が深いです。

「このゲレンデでは、サッカーボールは蹴れんで」のように、名詞を後半の動詞・終助詞でオトすという組み合わせがダジャレの基本

実はダジャレは元々知識人の高貴な言葉遊びだった!

オヤジギャグとも呼ばれるダジャレだけど、ルーツをたどれば貴族が芸術作品に取り入れていた時代もあった

もともとダジャレは「洒落」でした。話の潤滑油的な洒落にはそれなりの知識や教養も必要ですが、一般庶民は知識人の使う「洒落」に憧れを持って聞いていた。

ダジャレ(地口(じぐち)ともいう)は、かつては落語で「にわか落ち」とカテゴライズされるれっきとした笑いの一つだった

「古事記」や「万葉集」にも、駄洒落に通じる言葉遊びがある

なぜダジャレはおやじギャグとして嫌がられるようになった?

ダジャレ満載の「魚屋のおっさんの唄」

おやじギャグ”の全国紙初出は1990年1月23日付の朝日新聞

それまでダジャレが親父ギャグと言われ、忌み嫌われる事はあまりなかったようです。

1980年代までダジャレは一般によく使われ、あのねのねによって「魚屋のおっさんの唄」をはじめ数々のコミックソングとしてヒットするなど肯定的に受け取られていた

(しかし90年代以降)ボケ + 突っ込みという、ボケを引き立てさせるが為に突っ込みを用意するというユーモア形態が広く普及したが為に、そこに入りえない駄洒落が地位を落とした

※諸説あるようです。

洒落の文化が失われるにつれ、それを文化として持たない若者からはおやじギャグと称されるようにもなる。

なぜダジャレを言われると不快な気分になる?

安直なギャグであれば安直であればあるほど、意味がわかるのに笑えないというジレンマが聞き手に苦痛を与える

どうすればいいか分からなくなりますよね。

「相手を楽しませること」よりも「自分が言いたいこと」を優先しているように感じられ、それにもかかわらず相手の笑いを期待している場合が多い

なぜダジャレを言うのは圧倒的に男性が多いのか?

どうやら脳梁に関係があるようです。

男性は「左右の脳の連絡橋」である脳梁が性に比べると細くなっている

性が「言葉」を耳にすると左右の脳にある情報が行き来しやすいので、たちどころに言葉の意味に結びつくのに対し
男性は「言葉」を「言葉そのまま」として捉えることができる。

だからこそオヤジは意味とはかけ離れた「音」だけから純粋に連想されるおやじギャグを生み出すことができる

それでもオヤジがオヤジギャグを言い続ける理由

場を和やかにし、お互いの親密度を上げることで、会話を弾ませる効果を狙っている。

でもなかなか成功しないようですw

日本語に長く慣れ親しむ程に、なぜか皆さんそういった言葉遊びをしたくなってくるみたいなんです、簡単に言えば「ウマい事言いたくなる」

周囲の、どう突っ込んでやればよいのやら、どうリアクションをしたらよいのやら、といった困惑した雰囲気を眺めるのが大好き

これが真実ではないでしょうか。

オヤジギャグは即興の詩であり、オヤジたちはスキルフルなラッパーなのです。

そう思ってあげましょう。

それでは最後にデーブスペクター氏の渾身のダジャレをお楽しみください

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