信長の野望には本願寺顕如が大名として登場しますが、石山本願寺は大名といえる勢力だったのでしょうか? 2022/8/22 信長の野望 本 🔊 AI音声で読み上げ 信長の野望には本願寺顕如が大名として登場しますが、石山本願寺は大名といえる勢力だったのでしょうか?しかも、下手な弱小大名よりも強いですよね。
むしろ、最大の大名と言っても過言ではないかと。実質所領は全国各地と言えるでしょうね。各地に門徒がおり、それらは本願寺に莫大な金を生み出し、普通の大名より裕福な所でしょう。
であったため、信長が一番苦戦したのが本願寺であり、本願寺との戦いで、織田信広らの一門はじめ、塙直政らを失い、明智光秀が窮地に陥り、信長も負傷するなどしています。
下手な弱小大名どころか、戦国最強とも言えなくもないと思いますよ。
充分な兵力と力を持っていました。
顕如は特に農民から税を取り立て、大規模な軍団を持っていました。
顕如の前から仏の名を語って多くの税を取り立てていたのだから悪いことではあると思うが。
農民たちは苦しめられてきましたが仏に使えるものに言われたら断れないかと。
寺領を持ち、それを実力で守れるだけの武力を持ち、各地の本願寺派寺領への名実ともにある命令権を持つ。戦国大名として必要な要件は問題なく揃っています。
むしろ「おらが村の戦い」として積極的に参戦する人々を抱えているぶん、大抵の大名より強力ですよ。
「最大級の大名」とすら言える力を持ってました
イエズス会の書簡には
日本の富の大部分は、この坊主(顕如)の所有である
と書かれ、信長との戦いのうち、最後の1年半をほぼ無補給で戦い抜いています(それだけの人員を擁し、武器弾薬と食糧を備蓄していた)